大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成6年(わ)422号 判決 1994年6月06日

被告人

氏名

磯村昇

年齢

昭和二六年一月二六日生

本籍

名古屋市緑区鳴海町字上汐田五〇番地の一

住居

同市天白区植田三丁目一八〇二番地 レジデンス明光Ⅰ二〇五号

職業

無職

検察官

星景子

弁護人(私選)

伊藤宏行

主文

被告人を懲役一年及び罰金二〇〇〇万円に処する。

罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間懲役刑の執行を猶予する。

理由

《犯罪事実》

被告人は、三友商事株式会社の営業担当者として、自動車ゴム部品成形機械などの販売及び据付受注業務に従事していた者であるが、同社から得る給与の外に、同社が機械の据付工事等を外注していた有限会社豊田熔接所(平成二年に「株式会社トヨタツ」と名称変更)から、右工事代金等の外注費を水増しする見返りとして謝礼金収入を得ていたにもかかわらず、これにかかる所得税を免れようと考え、右有限会社豊田熔接所に対して、右謝礼金の存在が税務当局に判明しないよう会計操作するよう依頼するとともに、証拠書類を破棄し、かつ、妻名義で抵当証券等を購入するなどして不正な方法によって右収入を隠した上、

第一  平成元年分の実際の総所得金額が、五三四七万八三一二円であったのに、右所得税の確定申告期限である平成二年三月一五日までに、名古屋市瑞穂区瑞穂町字西藤塚一番地の四所在の所轄昭和税務署長に対して、所得税確定申告書を提出せず、平成元年分の所得税額二〇五七万四二〇〇円を免れた。

第二  平成二年分の実際の総所得金額が、九五九三万六一三六円であったのに、右所得税の確定申告期限である平成三年三月一五日までに、前記昭和税務署長に対して、所得税確定申告書を提出せず、平成二年分の所得税額四一二六万〇七〇〇円を免れた。

第三  平成三年分の実際の総所得金額が、五八二六万六四六三円であったのに、右所得税の確定申告期限である平成四年三月一五日までに、前記昭和税務署長に対して、所得税確定申告書を提出せず、平成三年分の所得税額二一九七万二九〇〇円を免れた。

《証拠》

括弧内は、検察官請求証拠番号を示す。

判示全事実につき

一  被告人の

1  公判供述

2  検察官調書(乙1、2)

一  磯村ひとみ(甲16)、豊田辰夫(同17、謄本)、北村薫(同18、謄本)及び渡邉晃明(甲19、謄本)の各検察官調書

一  伊藤寛(甲20)及び鬼頭正敏(同21)の各大蔵事務官調書

一  査察官調査書(甲2、4ないし10、12、15)

一  査察官報告書(甲22)

判示第二、第三事実につき

一  査察官調査書(甲11、14)

判示第三事実につき

一  査察官調査書(甲3、13)

《法令の適用》

罰条 いずれも所得税法二三八条一項(同法一二〇条一項三号)、二項

刑種の選択 懲役刑と罰金刑の併科

併合罪加重 刑法四五条前段、

懲役刑につき、四七条本文、一〇条(犯情の重い第二の罪に加重)

罰金刑につき、四八条二項

労役場留置 罰金刑につき、刑法一八条

刑の執行猶予 懲役刑につき、刑法二五条一項

《量刑の事情》

本件は、営業社員として機械の販売及び据付受注業務に従事していた被告人が、会社から受ける給与の外に、下請け業者から多額の謝礼金を得ていたのに、右謝礼金の存在を隠して確定申告することなく、三期分、合計八三八〇万七八〇〇円もの所得税を不正に免れたという事案である。

被告人は、その営業活動において、取引先から裏金を要求されることが多く、その資金捻出を迫られたことなどから、下請業者に裏金を要求して受け取るようになったものであり、このような金の性質から、申告しがたい面があったとはいえ、そもそも、このような金を授受すること自体が容認できないことであるし、被告人は、このようにして税金を免れた金の大半を自己の資産として蓄財し、あるいは、個人的に消費するなどしていたのであって、自己の利得を図るために脱税していたもので、動機において酌むべき点はない。

また、犯行態様をみると、被告人は、右裏金の存在が発覚せぬよう前記下請け業者と通謀し、正規の請求書等を破棄して本来の外注費等を隠し、水増ししたもののみを公表帳簿に計上させ、さらに、その下請け業者に同様の行為をさせるなどして、裏金の存在が公表帳簿に反映されぬようした上、代表者から直接現金で交付を受け、これを妻名義の金融商品に変えるといった配慮までしており、周到かつ巧妙である。しかも、このような帳簿処理をすれば、つじつまを合わせるため、影響が他にも波及し、関係者が同様の処理をせざる得ないのであり、その影響も重大である。

そして、脱税した所得税の額も多額にのぼる上、逋脱率も一〇〇パーセントと悪質である。

そうすると、被告人の罪責は相当重い。

しかし、被告人には、業務上過失傷害罪による罰金前科を除いて前科がなく、今回初めて正式裁判を受け、本件を別とすれば、これまで会社員として真面目に稼働してきていること、また、捜査・公判を通じて一貫して本件犯行を認め、これまで勤めてきた会社を辞し、既に本税・重加算税・延滞税・地方税等の納付を終えるなど反省の様子もうかがわれる上、今後の稼働先のめども立ち、妻が監督を誓っていることなど被告人に有利な事情が認められる。

そこで、これらの事情を全て考慮して懲役刑の執行を猶予することにした。

(求刑 懲役一年及び罰金二六〇〇万円)

(裁判官 和田真)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例